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Birger Kaipiainen

Birger Kaipiainen

(1915年7月1日 - 1988年7月18日)

  • 1937年から88年まで50年以上もの間Arabia(アラビア)でデザイナーを担当しています。
  • 1954年から58年までスウェーデンのアラビアの姉妹会社Rörstrand(ロールストランド)で4年勤務しています。
  • 壁紙や舞台道具、衣装のデザインも手掛けています。
  • 受賞歴 Grand Prix Milan(1960年)、Pro Finlandia medal(1963年)、Grand Prix Montreal(1967年)、Illum award(1972年)、Prinssi Eugen medal(1982年)、Awarded title of Professor(1977年)
  • ヘルシンキにあるアラビア地区の道は、カイピアイネンの名前から付けられています。

アラビア工場の建物の9階へ階段を上り、有名なアラビアのアート部門のセラミックスタジオに入ると、美しいレモンの木の下で働く、アラビアで最も独創的なデザイナーの一人であるビルガー・カイピアイネンに出会えていたかもしれません。

カイピアイネンは、独自な芸術作品の制作にほとんど専念し、大量生産の食器をデザインすることにはめったに足を踏み入れなかったという意味で、アラビアの陶芸家の中でもとてもユニークな存在です。


子ども時代の思い出と自然を愛すること

Birger Kaipiainen, Photo 1953  Source: Kalha, Harri: Birger Kaipiainen, p. 128. (Helsinki 2013.)
Birger Kaipiainen, 1953年の写真 出典: Kalha, Harri: Birger Kaipiainen, p. 128. (ヘルシンキ、2013年)

カイピアイネンは子ども時代に、ロシアの国境近くのソルタヴァラでアーティストのカップルや家族の友人とともに多くの夏を過ごします。友人たちと一緒にヨーロッパ最大の湖であるラドガ湖の岸で歩き回り、湖の島にそびえているヴァラーム修道院のベルの音を聴くため近くの丘に登っていました。象徴主義とアートへの情熱はキリスト教正統派に関わりがあります。

子ども時代に見た東カレリアののどかな田舎の風景は、彼の作品にとって重要なテーマとなる動植物のイメージを植え付けました。子どもの頃の友人たちとは、バードウォッチングや渡り鳥を追いかけるために鳥類標識調査に参加していました。定期的に移動する鳥の体内時計に魅了されていました。ダイシャクシギやヒバリは子ども時代を思い出させるため、お気に入りのモチーフとなりました。夏の夜に関連付けられており、民謡のことわざや詩のモチーフとしても有名です。

Tiina admiring Birger Kaipiainen’s wallpaper designs at the Arabia exhibition, 2015
Arabiaの展示会でBirger Kaipiainenの壁紙デザインに感嘆するTiina, 2015年

1958年のカイピアイネン作「Kiurujen yö」(ヒバリの夜)の模様は、Pihlgren & Ritolaにより開催された壁紙のデザインコンテストで優勝しました。このデザインと、似たような装飾の「Ken kiuruista kaunein」(ヒバリの中で一番美しいのは誰?)がPihlgren & Ritolaのもっとも有名なデザインの一つとなりました。彼の作品の過去への郷愁やメランコリックなスタイルは、第二次世界大戦の余波の中で生きる人々の感性に訴えかけました。

Tapetti, Birger Kaipiainen 1953, Photo: Lahden Kaupunginmuseon kuva-arkisto
Tapetti, Birger Kaipiainen 1953年, 写真: Lahden Kaupunginmuseon kuva-arkisto

カイピアイネンのロマンチックなテーマと色合いは、おとぎ話の雰囲気や自然の詩を上手く捉えています。壁紙デザインのオリジナルの色は、お気に入りの色である深いミッドナイトブルーで、カイピアイネンの作品を特色付ける色でした。アラビアでの最初の食器デザインは、繊細な青色の花の印刷が付いており、これはArabia Tapetti(タペッティ)またはTapestry(タペストリー)として知られています。他の有名な青色がモチーフの作品は、豊富なスミレの花でした。カイピアイネンはインタビューで一度「ショパンはスミレが大好きでした。そして、私はショパンが大好きです。」と話しています。


アートがキャリアとなる原点

Paratiisilintu, Birger Kaipiainen, 1970s
Paratiisilintu, Birger Kaipiainen, 1970年代

カイピアイネンの母親は、若く繊細な彼に芸術的才能を伸ばすよう奨励していました。そのかいもあり、のちにアテネウム美術館の一部となる美術工芸学校へ入学しました。セラミックペインティングに移る前は、舞台道具や衣装のデザインを学んでいました。

カイピアイネンは、様々な形のアートに深く興味を示していました。舞台やクラシックミュージックは彼のセラミック作品に多くのテーマを与えました。いくつかのウォールプレートは、この先の物語を連想させる、舞台カーテン、鏡、シャンデリア、楽器を備えたミニチュア劇場のようです。その後、チャイコフスキーのバレエ「眠れる森の美女」や三島由紀夫の「サド侯爵夫人」など、劇場セットや衣装を手掛けました。カイピアイネンは、オペラや劇場との共同制作を「お気に入りの趣味」と表現しています。

美術工芸学校でカイピアイネンは、Tapio Wirkkala(タピオ・ウィルカラ)、Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)、Rut Bryk(ルート・ブリュック)そしておそらく彼の最も親しい友人であるマリメッコ創設者のArmi Ratia(アルミ・ラティア)など、生涯の同僚や友人となる多くの人たちに出会いました。実際、アルミ・ラティアは、多才なカイピアイネンをマリメッコのファブリックプリントのデザイナーになるようもう少しで説得に成功するところでした。しかしながら、最初の少数のスケッチは生産には至りませんでした。この共同制作は間違いなく象徴的なものになっていたでしょうから、残念ではあります。


アラビア入社

Unique wall plates from the Arabia exhibition, 2015
Arabiaの展示会でのユニークなウォールプレート, 2015年

21歳のとき、カイピアイネンは卒業し、すぐにアラビアのアート部門に参加しました。彼は花瓶、ボウル、水差しのデコレーターとしてスタートしました。翌年、カイピアイネンはポリオに感染し、部分的に右足が麻痺します。カイピアイネンは切断を拒否したため、残りの人生で杖を使うことを余儀なくされます。ろくろを使うことができないため、粘土を回転させ、切断し、練って、そして興味深い形に彫刻し、まるで生地を扱う料理人のように形作ることに頼りました。

一方で、障害のため、カイピアイネンは兵役から免れ、働き続けることができました。イタリアのミラノでの6か月間の交換留学は、ビザンチン様式のモザイクで有名な都市にちなんで名付けられた食器装飾であるArabia Ravenna(ラヴェンナ)など、彼の初期の作品に大きな影響を与えました。この時代の装飾は、ヴィーナスの誕生の画家であるボッティチェッリが描く像のようで、イタリアのルネサンス様式とビザンチン様式の芸術的な影響を示しています

"どこでビバルディが終わり、ボッティチェリが始まるのかは分からない。"
- ビルガー・カイピアイネン

Ravenna 1960, Photo: Lahden Kaupunginmuseon kuva-arkisto
Ravenna 1960年, 写真: Lahden Kaupunginmuseon kuva-arkisto

更に、カイピアイネンに与えたイタリアの影響は、素材と技術の点においてはるかに重要です。彼のの手法は、ますます複雑になり、3次元のレリーフで行われ、メタリックカラーや小さなセラミックの真珠、ビザンチン様式のモザイクを連想させるガラスの破片が使用されていました。カイピアイネンはまた、スグラッフィート技術に熟達しており、模様を未焼成の釉薬に走り書きしていました。これらのセラミックのデザインは、戦後のミニマリズムがフィンランドにおけるセラミックの主流であった時代に、非常に豊かで装飾的なものでした。


スウェーデンと成功

Arabia Viola Purple (rare) Wall Plate, Birger Kaipiainen
Arabia Viola Purple (レア)のウォールプレート, Birger Kaipiainen

1954年、カイピアイネンは姉妹会社のロールストランドで4年間の「職場交換」を経験するためにスウェーデンに移りました。この間、彼は大きな進歩を遂げ、ニューヨークとミラノのトリエンナーレで作品が展示されました。そこでは、間も無くしてHelmilintu(ヘルミリントゥ、真珠の鳥)の彫刻でグランプリを勝ち取ることになります。カイピアイネンが手掛ける素晴らしい芸術のように、これには物語があります。この彫刻は、足を骨折したカイピアイネンが入院する病院のベッドのそばにいたアシスタントによって組み立てられています。

スウェーデンはカイピアイネンの作品を一変させ、より強く鮮やかな色調をカラーパレットに加え、また神秘主義やニルス・フォンダーデル、マルク・シャガールなどの超現実主義の芸術家の影響もモチーフに取り入れました。カイピアイネンは、時計のように、記憶、夢、シンボルの世界を描くことに魅了されました。それは不思議と常に12時15分で止まっています。これはおそらく、12時15分に仕事を始めるというカイピアイネンの習慣を厳しく非難するロールストランドの工場長を狙った密かな冗談だったという憶測もあります。

カイピアイネンの成功はまた、大規模な公衆芸術委員会を刺激しました。ストックマンのデパート内の壁のレリーフやフィンランディアホールのロビーにある白鳥の彫刻を、ヘルシンキで見掛けた人もいらっしゃるかと思います。


オルヴォッキメリ - 巨大な永遠の愛の記念碑

Pro-Arte Viola, Birger Kaipiainen, designed 1967, in small series 1990’s
Pro-Arte Viola, Birger Kaipiainen, 1967年デザイン, 1990年代のシリーズ

カイピアイネンは40歳の終わりに生涯の恋人を見つけ、クリスマスイブにパリでMaggi Halonen(マギー・ハロネン)と結婚しました。彼女はそれからわずか8年後に亡くなり、続けて同じ年にカイピアイネンの母親が亡くなりました。カイピアイネンは妻の棺を青色のスミレで覆ったと言われています。その後、スミレと天使がカイピアイネンの作品の重要なモチーフになりました。悲劇によりカイピアイネンは仕事に没頭し、この期間に彼自身最大の作品を作り上げました。広さ40m2の巨大なセラミック壁画、Orvokkimeri(オルヴォッキメリ)は、制作に6か月以上の集中的な作業を要し、アラビアおよびトゥルク磁器工場では、文字通り小さなセラミックの真珠の海となる、200万個以上のセラミックボールを生産する必要がありました!

真実の愛の記念碑であるオルヴォッキメリは、1967年のモントリオール博覧会でグランプリを受賞しています。この作品の続きとして、アラビアは花の部分を用いて、プロアルテ限定版の Violaのウォールプレート を作りました。



Viola series & unique Orvokki wall plates
ViolaシリーズとユニークなOrvokkiのウォールプレート


王と女王のためのデコレータ

Flower and fruit arrangement on  Paratiisi platter by Jouni Seppänen
Jouni SeppänenによるParatiisiのプラターを使ったフラワー&フルーツアレンジメント

1969年の真夏に、ベルギーのボードゥアン王とファビオラ女王がアラビアの工場を訪問し、カイピアイネンがちょうど作り上げたデザインの虜になりました。女王は自宅用に購入したかったようです。このデザインは、単に当初は「Tarha」(タルハ、果樹園)と呼ばれていましたが、作品を象徴する現在の名前である Paratiisi (パラティッシ、楽園)として同じ年に発売されました。同作品はイランの元皇后ファラーからも王室の注目を浴び、フィンランドへの国家訪問中にはテヘランの自宅用にこのシリーズを購入しています。カイピアイネンが「デコレーターの王」と呼ばれていたことも、おそらく驚きではありませんね。

Apila dishes in Astialiisa window setting, Apila by Birger Kaipiainen, 1969
Astialiisaのショーウィンドウから1969年にBirger Kaipiainenが手掛けたApilaの食器

カイピアイネンの果物のイラストは、青春時代の回想から生まれたもので、芸術を学ぶ若い学生だった彼の描画スキルは、教師であるEster Elenius(エステル・エレニウス)とアーティストのWäinö Aaltonen(ワイノ・アールトネン)によって評価されていました。アールトネンは彼に果物がたくさん詰まった紙袋をプレゼントしました。カイピアイネンは中身をセラミックのボウルに注ぎます。アールトネンが彼に描画するよう依頼した、リンゴ、ナシ、オレンジ、ブドウが出てきました。この美しい場面は、カイピアイネンの記憶に永続的な印象を残しました。

Sunnuntai, Birger Kaipiainen
Sunnuntai, Birger Kaipiainen

カイピアイネンは、「BKモデル」である、パラティッシの皿モデルもデザインしたいと考えていました。オリジナルのファイアンス版は、楕円形のプレートから識別できます。パラティッシは、アラビアで最初のシルクスクリーン印刷された装飾の1つとして、最新の装飾技術も示していました。カイピアイネンのアイデアは、テーブルセッティングにバリエーションとアクセントを作り出すために、印刷された食器と単色を組み合わせることでした。カラフルなパラティッシのデザインに合わせて、黄色と白の「Aatami」と「Eeva」(アダムとイブ)という名前の食器を作っています。

カイピアイネンは新たな技術を楽しんだようで、後に同じモデルと技術でさらに二つの有名な装飾である Apila (アピラ)と Sunnuntai (スンヌンタイ)を作っています。


危機とリメイク

Paratiisi Black, Birger Kaipiainen, 1988
Paratiisi Black, Birger Kaipiainen, 1988年

最初のパラティッシは5年間しか生産されていませんでした。Kaj Franck(カイ・フランク)のKilta(キルタ)シリーズとともに、1974年に石油危機と景気低迷により生産が中止されました。挫折にもかかわらず、カイピアイネンは幸運な人間の一人であり、会社の規模を縮小しなければならなかった際にも、アート部門に残っていた唯一の3人のアーティスト(Rut BrykとHeljäLiukko-Sundström)の内の一人でした。

フィンランドの人々がビルガー・カイピアイネンの芸術を愛したことで、デザインの生産が陶磁器で再開されます。パラティッシの丸皿のリメイク(1988年)は、カイピアイネンが亡くなる直前にデザインしたものの一つでした。リメイクに並行して、Richard Lindh(リチャード・リンド)は新たな白黒版のパラティッシをデザインしています。

新たな色のパラティッシ・パープル(2012)や、カイピアイネン100周年(2015)を記念したHeikki Orvolan(ヘイッキ・オルボラ)のトリビュートデザイン、Keto-orvokki(ケト・オルヴォッキ)のようなスピンオフ作品と同様に、2000年代後半に、アラビアはApila(2006)とSunnuntai(2019)も再開することになります。

”想像力は無料です!制限もなく、想像力の限界がどこにあるのか誰も命令することはできません。”
- ビルガー・カイピアイネン

このデザイナーの紹介は、Astialiisaのオンラインチームの一員である、Laura Heinonen(ラウラ・ヘイノネン)が、お気に入りのアラビアのアーティストについて書いたものです。

出典

『Aav, Marianne et al. Arabia: Ceramics, Art, Industry』、Designmuseo、ヘルシンキ、2009年

『Forsström, Raija. Arabian 9.kerros: taideosasto ja sen taiteilijat』、Kirjapaja、ヘルシンキ、2012年

『Helimaa Hanna. Birger Kaipiaisen paratiisimaailma』、MTV news online、2002年

『Ikonen, Lauri. Keramiikan kuningas Birger Kaipiainen: Varttia yli kaksitoista ja hiljaisuus』documentary film、Yle Elävä arkisto (Finnish Public Broadcaster film archives)、1977年、 映画はこちからご覧いただけます

『Kaivosoja, Soili. Keramiikan Ruhtinas. Antiikki ja taide』magazine、2018年5月

『Kalha, Harri. Birger Kaipiainen』、National Biography of Finland online

『KKuriton Kaunosielu: Birger Kaipiaisen keraamisia fantasioita』exhibition pamphlet、EMMA museum of modern art、2013年

『Laine, Inka. Sukellus orvokkimereen』、EMMA museum of modern art magazine、 2013年

『Munkki, Kati. Paratiisi-sarja 40-vuotias. 』、Turun Sanomat online、2009年

『Mölläri, Jonna-Maria. Historian helmet』、Luuppi museum online

『Peltonen, Jarno & Kaarina. Birger Kaipiainen』、Taideteollisuusmuseo、ヘルシンキ、1990年

『Saarikoski, Tuula. Kaaos ja kirkkaus』WSOY、ヘルシンキ、2015年

Adam, Eva, Paratiisi and Apila are all decorations for the BK-model Birger Kaipiainen designed for Paratiisi, 1969
Adam, Eva, Paratiisi, Apilaは全て1969年にBirger KaipiainenがParatiisi用にデザインしたBK-modelの装飾

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